top of page
資料一覧
日比谷家伝来の資料です。随時、更新(追加)してまいります。


北辰一刀流兵法箇条目錄
千葉光胤 (千葉道三郎) 紙本墨筆 一巻 安政3年(1856年) 北辰一刀流の免許状であり日比谷健次郎に授与された目録である。 巻子装となっており、巻頭に北斗七星の紋が金地に施され、前半部には兵法の内容が箇条で記されている。後半には千葉常胤(ちば...


鉄黒漆塗亀甲鉄繋畳胴具足
【明珍宗親 作】 【江戸時代中後期】 日比谷家伝来のこの甲冑は明珍宗親(みょうちんむねちか)の作である。宗親は江戸時代中~後期の甲冑師と考えられ、今治藩主の豪華な甲冑なども製作している。本品は作域の優れた大名家藩主級の甲冑で、兜と籠手櫃(こてひつ)には「下り藤に十字」紋が付...


栗色革包胸取二枚胴具足
日比谷家伝来の甲冑のひとつである。 江 戸時代前~中期に製作された甲冑である。実戦で使用されたようで、槍もしくは刀が当たった傷が何か所か見られる。 鉄製の桶側 胴 を栗 色 革 で包み、 前 立 挙 を紺糸素懸 威 で胸 取 とし た二枚胴。草 摺 は練 革 製 板 物...


黒漆蒸物容器
【こくしつむしものようき】 直径30cm、高さ24cmの椀型の容器で、茶会で用いる食籠に類似しているが全く同じものが神奈川県中央部でダイカイと呼ばれて赤飯の贈答容器として使用されており、同様の用途で使用されたと考えられる。区内でこの容器が使用されたのは、遅くとも昭和初期まで...


小右衛門新田絵図
日比谷家に伝わる絵図である。江戸時代の小右衛門新田は明治以降、小右衛門町となり、現代の住居表示で中央本町、梅島、平野と周辺に分かれている。武蔵国足立郡渕江領のほぼ中央に位置し、西に日光道中(図中では小右衛門新田 「日光海道」)、東に大原道(同「八条領道」)の中間に広がってい...


渓山秋晴図
水戸の儒学者で医師庄司健斎の描いたもので日比谷家に伝わる山水図掛け軸である。健斎は水戸の大学弘道館の医学部教授でもあり、徳川15代将軍の慶喜の持読(家庭教師)であったともいわれている。飢餓録等の書物も著した。また、藤田東湖等とも交流した(藤田東湖「丁日誌酉」)。北辰一刀流四...


新内裏御障子色紙和歌
京都の内裏が火災で消失した後、安政年間に復興、新内裏ができた。この内裏の障子に貴人たちが祝賀で和歌を記した。これを集めたもので稀覯本(きこうぼん)であり江戸での出版である。編者は和歌に堪能な国学者、網野延平(源延平)である。健次郎の時代に日比谷家も入手した。なお本書は佐々木...


北辰一刀流神文巻
日比谷家に伝わる巻物。北辰一刀流の兵法について「他見他言つかまつるまじきこと」と秘法とすることを誓 わせる起請文の前書。巻子の外題を「北辰一刀流神文巻」とする。 免許皆伝の書と同じく水晶の軸にまかれている。 明治元年に北辰一刀流玄武館道場から日比谷健次郎に宛てたものである。


行書「煙霞 出没 雲雨 迷離」
秋月種樹(あきずきたねたつ) 【紙本墨書 四面】 【明治14年(1881年)】 秋月種樹(あきづきたねたつ)は1833年天保4年生まれ、将軍徳川家茂や明治天皇の侍読(じとう/現代でいうところの家庭教師のような存在)を務めた九州高鍋藩大名家の幕末最後の世嗣である。学問界の三公...


四季草花図小襖
【舩津文渕】 【嘉永6年(1853年)】 日比谷家の屋敷で袋戸として使用されていた四面の小襖である。 嘉永6年に日比谷家から依頼を受けて制作されたものであり、作者は上沼田村(現足立区江北地域)の豪農で、谷文晁に師事して絵師としても活動した舩津文渕(ふなつぶんえん)である。...


黒漆塗桶側胸取二枚胴具足
【くろうるしぬりおけがわむなとりにまいどうぐそく】 【作者未詳】 【江戸時代後期~幕末】 日比谷家に伝わる甲冑のひとつである。 胴は鉄黒漆塗(てつくろうるしぬり)の二枚胴(にまいどう)で、紫糸と縹糸(はなだいと)で胸取(むなとり)となっている。。...


和獨對譯字林 ~勝海舟の賛辞~
【わどくたいやくじりん ~かつかいしゅうのさんじ~】 【明治10年5月付】 健次郎が出版した日本初の和独辞書「和獨對譯字林」には、勝海舟が自筆で賛辞を寄せている。 勝海舟は元幕臣で、明治以降も重鎮として官民の間で人気があった。...


和獨對譯字林
【明治10年(1877年)】 日比谷健次郎と加藤翠渓は、明治10年(1877年)に日本初の和独辞書『和獨對譯字林』 を発行し、我が国における和独辞書の先駆者※である。 前身はヘボンの『和英語林集成』 第二版で、 これに1419語を追加し、2万4368語を収録した辞書である。...


扁額 栄寿斎記
さいき 【へんがく えいじゅさいき】 【超然 書】 【紙本墨筆 一面】 【安政3年(1856年)】 筆者は落款印から超然(ちょうねん)(1793年~1868年)と思われる。 超然は江戸時代後期の浄土真宗の僧。父は近江国円照寺の僧大涛。号は虞淵(ぐえん)。諡(おくりな)は高尚...


黒漆能楽蒔絵吸物椀
日比谷家に伝わる吸い物椀である。 木箱に文政7年9月調達した旨がある。 蓋と胴は20対全てが絵替わりであり、物語を表しているようである。また内側、蓋の見返しと見込みには、亀甲花菱が施されている。 特別な来客の吸い物椀として使われたといい、江戸後期1826年から昭和初期まで1...


和漢流書図
【わかんりゅうがきず】 【鈴木鵞湖 作】 【絹本着色 二幅】 【江戸時代後期】 中国や日本の画家の画題・筆様に倣った図様を集成する 「流書図」 と呼ばれる形式の作。 対幅の形で、右幅に宋・元代を中心とする中国の画家を、左幅に雪舟(せっしゅう)や狩野元信(かの...


大黒天図
【春完斎北信 作】 【絹本着色 一幅】 【江戸時代後期】 この「大黒天図」は、大坂の浮世絵師、春梅斎北英(しゅんばいさいほくえい)の門人で、春光斎の別号を持つ春完斎北信(しゅんかんさいほくしん/生没年不詳)の作と見られます。...


鷲に椿図
【閑舟 作】 【絹本着色 一幅】 【江戸時代後期】 日比谷家に伝わる一幅の掛軸。 作者の詳細は不詳だが、「閑舟」の署名と画風的な特徴から、谷文晁門下で、中国由来の写生画派、南蘋(なんぴん)派をよくした岡田閑林(おかだかんりん)の画系にあたる人物の作と推測されます。...


加藤翠渓像 かとうすいけいぞう
【狩野則信 作】かのうのりのぶ 【紙本着色 一幅】 【明治元年(1868年)頃】 《日比谷美津像》と同じく、狩野則信による肖像画。 日比谷健次郎の妻・晁の実父であり、健次郎が本邦最初の和独辞書『和獨對譯字林(わどくたいやくじりん)...


牟礼高松図
【むれたかまつず】 【狩野典信 作】 【絹本着色 一幅】 【江戸時代中期】 日比谷家伝来の木挽町狩野家六代当主、狩野典信(みちのぶ/1730年~1790年)の一作。 源平合戦で牟礼高松(現香川県高松市)に至り、平氏を攻めた堂々たる源義経が描かれている。...
bottom of page