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日比谷家屋敷 古写真

更新日:2022年9月8日



日比谷家の屋敷の様子を今に伝える古写真である。


左は大型の茅葺(かやぶき)屋根の主屋を南側から撮影している。

右は玄関先から庭園に向かう門を東側から撮っている(「日比谷氏吉相之家図」下段の写真)。

人物と比べて、玄関の巨大さが見受けられる。


この屋敷と庭は明治四年(1871)の宍戸頼母(ししどたのも)作、日比谷氏吉相之家図に平面図として描かれている。



※宍戸頼母 (ししど たのも、? - 1882年ころ)(名は富隣、字は貴徳、号は謙堂、東易館、貞蘆)は、幕末期の仙台藩。天保13年(1842年)頃、江戸神田・お玉ヶ池に住んでいた。明治15年(1882年)頃没したとされる。易学家相を以て名をなした。

『相宅知天鏡』(1846年)、『方位明鑑』(不詳)、『家相改正図誌』(不詳)などの家相書を著している。江戸神田を拠点に活動していたと考えられるが、文久元年(1861年)に、現在の静岡県菊川市家相図を作成し、さらに3年後の元治元年(1864年)、現在の埼玉県戸田市で家相図を作成するなど関東周辺で広範囲に活動していた。

他に、『家相方位指南』、『家相秘伝集』、『家相便覧』、『家相道しるべ』、『方位弁方精義』などの著作がある。

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